【白昼黙示録】












それは昼前。
極めて珍しく、ギルメンが勢ぞろいしていたリビング。

普段仕事で忙しくしているカヤと、
発掘(とは名ばかりの金目のもの探し)に没頭しているイナリがいることが何より大きい。

こんなこと初めてな気がするなぁと、テレフォンショッピングを観ながら頭の端っこで考えてみるシンラ。

普段はやかましいミミウとファジーは微妙に緊張しているらしく静か。
食事を愛し、隙があれば間食するリューンもカヤとイナリの前では動きがない。
ぐぅすかと眠ることを愛してやまないアリアは、何らかのアイテムを披露しているイナリの手元に釘付け。
カヤとラインは変なことに意気投合したらしく騒いでいる。

今まで何やかんや言いながら
自己紹介と挨拶ぐらいしか出来てなかったメンバー同士が仲良くしている姿は微笑ましい。

以前の仲間たちとでは思いもしなかったような感情。



全員揃ってるって素晴らしい。





テレフォンショッピングも終盤。
こないだファジーとミミウが買おうとしたので必死で止めた健康器具、
リューンが美味しそうと絶賛したロイヤルゼリー、アリアが興味を示していた布団の山、
ラインが片付けに便利そうだとぼやいた圧縮袋、他諸々。
今回紹介した商品がもう一度だけお目見え。

うさんくさいおば様方の歓声。



さて、昼ごはんでも作ろうかとシンラが立ち上がったとき、リューンが口を開いた。


「そういえば。」

何か昼食について注文でも来るのかと身構えるシンラ。
意に反して、イナリを見ながらリューンは言った。


「このバトンの合成してくれ。」


「・・・ん?」


まだ堀に行けるとは考えられない地帯のアイテムまでも広げてアリアに見せていたイナリが顔を上げる。

リューンが突き出したのはチャンスバトン。
捨て売り価格だったのを買って来たらしい。

微妙な表情を浮かべて、イナリは曰く。


「任されても構わないけど・・そのレベルって最低値多いわよ。」


上限がねぇ、それに私よりカヤたちの方が適任でしょうと続ける。
それを聞いたカヤは少し伏せ目がちに「あいつと相性悪いから」と一言。シンラもこっそり頷く。

苦笑いを浮かべ、それならとイナリは切り出した。


「ラインに頼みなさいよ。凄いことになるから。」


「・・・ライン?」
















かくしてそれは、イナリに呼び出されてラインがカバリア島に来て三日の頃。
右も左も分からない状態のラインに「掘ってクエ!狩ってクエ!」
とだけ言って行方知れずになっていたイナリが久しぶりに姿を現したときのこと。

ラインが、どこに行っていたのかと聞く間も無く、
イナリはクレバータイドボブを大量にラインに押し付けて命令した。


「これには、アサシンアタックの使用者になくてはならない感知を上昇させる能力があるの。
 でも、このままだと無理。ではどうするのか。成長合成よ!さぁ、ネイトと戦ってきなさい!!
 このクレバータイドボブに感知+2をつけれたら帰ってきても良いわよ。」


「は?」


材料はファンスライムが落とすから自分で集めろ、ネイトはアクアリースにいる。

そこまで言うと、テントの中にとっとと入ってしまったイナリ。


アクアリースって何と聞く暇すら与えられなかった。


そんな逆境にも負けず、ラインは頑張った。
たくさんのアイテムを抱え、アクアリースまで到達。



そして、ウワサのネイトに戦いを挑んだ。



「あの、合成・・・。」


長身のその人の視線が下に降ろされ目が合う。
意思疎通の到底出来ないような雰囲気に気圧され言いよどんでしまうが
さすが件の合成だけをやっている人らしく声をかけた意味をすぐに汲んでくれた。

合成にかかる費用を教えられ、急いで金を取り出す。
最初にイナリが少しくれたものと、狩りやクエで得た僅かな財産。

装備と合成アイテムと費用。

渡し終えてまずは一安心。



しかし、事態はすぐに暗転した。


合成が終わったと言ってネイトが渡してきたものは、イナリのいいつけた感知+2ではなく感知+1。

そうか、それでこんなにたくさん準備が必要だったのかと適当に思ったのは甘かった。


二回目、三回目、四回目、何度やっても感知はプラス1。


人を怪しんではいけないと教えられて育ったが、陰謀めいたものを感じずにはいられない。


勇気を出して聞いた。





「あの・・・これって・・感知2出るんですか?」




言ってしまってから、あぁこれじゃただの八つ当たりだと後悔したけどもう遅い。

ネイトに睨まれ、頭のなかにはイナリの怒る顔がフラッシュバック。





「出るときは出る。」





「アバウトですね。」


いっそ殴られるんじゃないかと思ったが、案外普通の返事だったので安堵の溜息。
じゃあ気を取り直して次のをお願いしようと、お金とアイテムを取り出す。

その隙を突いて、ネイトが続けた。


「このアイテムの場合、最低値が1で最高値が2だから二つに一つだな。」


「え゛。」


ぎょっとした。



(2が最高値って・・・軽く罠じゃん・・・師匠。)


肩を落とし落胆しながら、参考までに尋ねる。



「それって、50%の確立で2が付く・・・・なんてことないですよね。」



「ないな。」



即答された。

タイドボブの残りは僅かに二つ。


そもそも残金があと一回しか出来ないことを告げる。



合成に使うアイテムを集めている間に遅くなってしまい、既に夜。

夕食もまだなのに。感知+2が出来なきゃ帰れないのに。
次で成功する保障はない、を飛び越えて成功する気がしない。

ていうかアクアリースへの道を尋ねながら頑張ってここまで来たけどここはどこなんだよとか。
帰り道さっぱり分からないし、今夜は野宿だし、お金ないから買い食いも出来ないし
ちらっと寄ってみたけど、この辺の敵は強そうで手が出ないし。


少し不思議そうな顔をしたネイトの姿が歪んできて。


あ、こんなに寂しくて惨めな気持ちになったのは久しぶりだ。
前がいつだったか記憶にないけど。


イナリがもしも迎えに来てくれたら嬉しいのに。

天地がひっくり返ってもありえないと思うと、ますます視界がぼやける。


しまいには、ぼろぼろと涙が流れ出るのまで分かってきた。


これは男としてまずいと、服の袖で拭う。





イナリの指示した数値にならなくてもいい。
とりあえず見っとも無い姿をいつまでもさらしてはいられない。


「じゃあ、えぇと・・これ。」


この人にこのアイテムと金額を渡すのは何回目なんだっただろうか。
無意識に考えてみるが思い出せない。


困ったような表情を浮かべて、ネイトがそれを受け取った。



結果。



感知プラス1





「・・・っ」


せっかくこらえた涙が勢いよく溢れ出す。悔しさと心細さと色々あった。

ここまで来たらヤケだと、ネイトにしがみ付いて懇願。



「低レベル相手にこんな商売やめろよ!
 もうアイテムも次で終わりだし、ていうかオレ金がねぇよ!!切実に!!」


なんて無茶な言い分だと、自分でも思った。
それでも人目もはばからず、しがみついたまま大泣きしてみた。
どう考えても無様なのは分かっていたがどうしようもなかったからしょうがない。


数分後、ネイトが頭を撫でて来たあたりで正気を取り戻した。



「・・・・・仕方がないな。」




「・・・・・は?」




残っているタイドボブと合成用アイテムを渡すように催促され、慌てて取り出す。

一体どうするんだろうかと、茫然と見守るしかないライン。



さっきから何度目の光景だろうか。

違うことといえば、金を払っていないという点。
借金制度とかあるんだっけと頭の中で繰り返す。
何度自分に問うても分かるわけないので、疑問は口に出した。




「あ、あのオレ・・お金、ないんだけど。」



「サービスだ。」



え、何の。



更に聞こうと思ったけど、合成が終わったらしいネイトに完成品を渡され黙る。

イナリが勝手に掲げた目標である感知プラス2。



奇跡を見た。

受け取ったタイドボブに頬擦りをしながらお礼を述べる。

ネイトは微妙ながら笑みを浮かべてるし、仲良くなれた気がして嬉しかった。















「・・・・・・・・・・・それからというものよ・・。
なぜかあのネイトのヤツ・・ラインが合成を頼んだ時は絶対最低値をつけないのよ。」



「何それ・・・ズルイんじゃない?」



イナリの回想が終わり、カヤがコメント。
そうなのよ、卑怯よアレはとぼやき始めるイナリ。

恥ずかしい過去を知られてしまい、落ち込み気味なラインに追い討ちをかけるが如くミミウたちは騒ぐ。
どうやら茶化しているのではなく羨ましがっているらしい。ネイトと仲が良いという点を。


なんでもいいから合成をしてくれとリューン。



「大金をはたく気があるなら、私がどこまでも挑戦してあげるわよ?」


「いや、余計なことに使う金なんか残ってない。」


「また買い食いか・・・。」


「ネイトに貢よりよっぽど有効だろ。」


「直にあんたもネイトに貢ぐようになるわ。」


「いいよ。ラインにやらすから。」


「やだよ。なんでオレが・・・。」




少しもめてはいるが、ギルド内にあふれる妙な一体感を感じ幸せな阿呆シンラ。

自分の今のあり方に多少疑問はあるが、しばらくはこれでもいいじゃないかと思えた。



「で、昼食作るけど焼きそばでいい?」


「大量に食えればなんだっていい。」


「あ、シンラさん手伝います。」


「逃げる気!?バカライン!」


「当たり前だろ!つか、いつからネイトさんのファンまで始めたんだよ。」


「あたしは生まれた時からネイトさんのファンよ!」


「いるかよ、そんなヤツ!」


















ネイトに礼を言ったその後。
完成品をイナリに見せようと、とっくに忘却した道を適当に選んで走り回った挙句
目的のマリンデザートではなくコーラルビーチへと辿りついたライン。

パニックになって騒いでいるところをミミウとファジーに見つけられ、腐れ縁は始まった。

イナリが探しに来てくれたのはそれから三日後。









end

<後書き>
タイドボブに必死になってもしょうがないといえばしょうがない。









さ み し か っ た