おまえ、名前は?


 その言葉に、確かに答えられた名はあったのだけれど――――――




 【君に名を、そして光を。】




 「よし、じゃあ、おまえの名前はバアムだ。」


 そんな突拍子もないリューンの言葉に、ラインは凍りつく。


 それは何もラインばかりではない。
 宣言された当人―――幼い龍少年もまた、子ども特有の大きな目を更に大きくして、
まじまじとリューンを見る。


 今、確かに、子どもは自分の名を名乗ったというのに、
名を聞いた問いはただの慣習だったのかなんだったのか、
リューンはあっさりとそれを無視して見せた。


 大人組みはまだ外出先から1人ももどってきていない、子ども組みばかりでやや騒がしいリビング。

 リューンとミミウの帰還、そこにくっついてやってきた子どもの存在でそうなってしまった空間で、
問題の子どもの名を巡る問題は今まさに発生した。



 子どものせいでなく、リューンのせいで。



 「リューン・・、今、こいつ名前を・・・」


 やや遅くなったが、恐る恐る言葉を発したラインをちらりと振り返ると、
リューンはしれっと答える。


 「だから、バアムだ。バアムクーヘンからとった。」


 いい名前だろう、と付け足して。



 子どもの名乗った名前を無視して、一方的にあたえられようとしている名前。


 止めるべきか否か。


 もちろん、止めるべきなのだが、当の子どもは気に入ったのか、
その名を連呼して、きゃっきゃと1人騒ぎ出している。



 「ちょっと待てって・・!こいつの保護者探しのときにどうすんだよ!」


 別の名前なんて名乗らせて。

 子どもの記憶は時として恐ろしいほど曖昧なのに。



 「どうにかなるんじゃない?」


 後ろにカッコ笑いと付きそうな軽いテンションのミミウの言葉に、ラインは青ざめる。

 ファジーはミミウと同じノリだし、飽きたのか疲れたのかアリアは
(起きていたからって何かの助けになるわけではないけれど)すでに眠っている。


 「いい名前だろう、メッソリーニョ。」

 アリアの羊(本名はメリー)に語りかけるリューンはご満悦の様子で、
冷蔵庫から引っ張り出してきた飲むヨーグルトをグラスにいれて優雅にポーズ。



 誰か止めてくれ。

 いや、自分が止めないといけないのか。



 過ぎった考えに頭が痛むのを抑えながら、ラインは子龍を呼び寄せる。

 「なあ、おまえ。」
 「?」
 「おまえ・・ッ」

 ちゃんと本当の名前を名乗らないと駄目だ、と言おうとしたのに、
それを遮るべく投げつけられた杖にラインは冷や汗を流す。
(ちなみに、壁に大きめの穴が開いた。)


 「リューン!なんのつもりだ・・!!」
 「おまえこそなんのつもりだ。人がせっかく付けた名前に。」
 「せっかくじゃないだろう!そいつ、ちゃんと自分の名前を・・!」

 怒鳴るラインに、いたって冷静なままとリューンはパチンと指を鳴らす。

 その行動に意味があったのかどうかは不明だが、一同の注意がそちらに向いたことは確かで、
にやり、と笑うとリューンは子龍に向かって首を傾げる。


 「おまえ、名前は?」

 「?」

 「言ってみろ。」


 はてな、と首をかしげながら、子龍はそれでも返すようににっこりと笑うと、



 「バアム!」



 そう、答えたのだった。




 ラインがもう一度軌道修正しようとする言葉なんてなんのその。


 嬉しいからなのかなんなのか、リューンはとうとうバアムと名乗った子龍を、
世に言う高い高いでもてなしている。


 横で見ていたミミウとファジーが自分もやりたいと取り合いをはじめたのは時間の問題。




 大人たちが帰ってくる頃には、諦められた結末だけ。



 もういいやとのラインの思いに、その子どもの本当の名を知る者は限られて。


 だから、何があるわけではないけれど、そんな非日常な日常があったことだけ。




 その日も空はよく晴れていた。



end


後書き:
 短いな。











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