「あれ・・?」

 しん、としたギルドハウスにシンラは首をかしげた。
 今日は朝から食料調達に出かけていたのだが、
その時寝ていた子どもたちは帰ってきたらもぬけの殻。
 別にそれを心配しなければいけないような年齢ではないが、
いささか珍しい状況に少々寂しさを感じる。

 でも、まあ、この機会に聖地にでも行ってこようと思い立つと、シンラはうきうきと準備をはじめた――――――



 【ここは遊泳禁止地帯】



 青い海。白い砂浜。
 絶好の散歩日和の下、ある者は高い木の上の実と睨めっこ、
その足元には眠る少女と疲れ果てて座り込んでしまった少年。
 少し離れたところで遠泳に勤しむ体育会系な2人の姿。


 「なんで・・・、ここ来たんだっけ・・・」
 薄っすらと目を開いてラインは呟く。
 先ほどからすべてを無視して木の実をとる方法を考えているリューンに聞いたのでもなければ、
起きる気配もないアリアに聞いているわけでもない、自分自身への問いは儚く消えていく。

 朝起きたら、ファジーとミミウが騒ぎ出したのが発端。
 この間ディーンさんに会いに行ったときにサーフィンする白い猿を確かに見たと言いはばかるので、
だったら好きに確かめに行ってこればいいと言ってしまったのが運のつき。
 しっかり巻き込まれてしまった。
 どうせマックスさんが遊んでいたんだろうなんてラインの言葉、聞き入れてもらえる余地もなかった。

 それからサーフィンする猿をちゃんと探していたのだが、
海に入らないと見つからないとか言い出したファジーとミミウが突然飛び込んでしまい、
止める事も間に合わず、現在にに至る。
 かの憧れのディーンさんがここに注意にやってきたのなら、
事態は別の方向に悪化していたかもしれないと思うとまだよかったと思う一方で、
リューンとアリアが付いて来たのはただの気まぐれだったのだが、そちらは結果として事態を悪化させているように思われる。


 そこには青い海と白い砂浜。
 そして昼過ぎの1人、獅子の後悔。

 時々襲ってくる盗人猿を退治しつつ、ギルドマスターシンラの愛する青ペンとそれぞれ思い思いに活動する仲間を見守る。
 リューンは綺麗に木の実の付け根にマジックアローを命中させ、ご満悦気味にそれを頬張る。
 「おまえも食べるか?」
 その珍しく親切な申し出にラインは丁重に断りをいれる。
 先ほど弁当を充分食べたではないかと内心突っ込みながら。

 「しかし・・・、白い猿なんて本当にいるのか・・?」
 ポツンとリューンは漏らしてファジーとミミウを見やる。
 リューンが変わらず食べ物に執着しているように、2人はまだ元気に泳いでいる。
 「さあ、どうだろう・・」
 なんでもいいから早く帰りたいとライン。
 「飯までに帰れたらいいがな。」
 とは、いまだ木の実に噛り付いたままのリューン。
 ついでに猿は食べられないから興味がないとか何とか呟いた。

 そのまま黙り込んで、ラインだけ溜息を吐く。





 「ラーイーンーーー!!!」

 突然、呼ばれてラインは顔があげたのはそれからしばらく後。
 あり得ない勢いでもどってくるファジーとミミウが自分たちよりやや左を指しているので、そちらを見れば、
盗人猿たちが一斉に移動しているのが遠くに確認できた。
 緑の頭部らしき球形と茶色で判断しただけだが。
 「行こう!絶対なんかあるって!!」
 すぐ目の前まで来てミミウが言う。
 嫌そうな顔をしているラインなんてなんのその。アリアを揺り起こしてまだ眠そうなのを半ば引きずりながら走って行く。
 「なんか、食べ物がありそうだな。」
 「いや・・、それはどうだろう・・・」
 リューンが言うのに突っ込みを入れながらも、
いざと言うときは自分が彼らを止めるしかないのだという使命感からラインも走り出した。


 辺りはどんどんと熱帯植物で溢れ帰り、飛び出した木の根で走りづらくなる。
 それでもわずかに獣道と呼べるものを辿れば、前方からキーキーと甲高い声が聞こえ続ける。
 昼下がりの光を遮る木々の先にちらちらと光が見えはじめたのは少しした頃で、
前を走っていたファジーとミミウとアリアはまもなく立ち止まり、追ってきたラインとリューンもそれに倣った。

 茂みに身を隠しながらそっと見れば、開けたその先は小さな湾になっている。
 群がった猿たちは一様に海を見つめ、その先にはやや高い波。

 昼下がりの空をエメラルドグリーンの波が白い水しぶきを纏っているその中に、ちらりと見えたのは目的の白い猿。
 赤と青と緑の線が引かれたサーフボードにサーファーよろしくバランスをとり、見事に波を乗りこなす。


 ―――うわ、似合わない。


 子どもたちの意見がそれで一致していたと言うことは多分言うまでもないが、心で何を言って通じる間柄でもなく。
 白い砂浜に乗り付けた白い猿は盗人猿たちの歓迎を受けながら王座なのだろう大岩の上に腰をおろす。


 サーフィン姿は微妙であったが、普通より幾分も大きく肥え太った姿はさすがに危険を感じるものがあった。
 「逃げた方が良くないか?」
 先に続き、珍しくマトモな発言をしたリューンはが警戒しながら身構える。
 「何言ってんの!ここまで来てもっと近くに寄らない手はないでしょう!」
 対して力説するミミウが踏み出そうとするのをリューンは手を引いて止め、
同じく行こうとしていたファジーもともかく立ち止まった。
 「やめた方がいいって。」
 「何よ、バカラインまで?」
 「バカは余計・・・っていうか、本当、やばそうな雰囲気だって。猿たちのボスって感じだし。」
 「いざってときは倒せばいいんじゃ?」
 「ファジー・・!どう見たって倒せる様子じゃないだろう!」
 少しは冷静になってくれ、と小さく叫ぶが、ミミウとファジーは不満そうな様子で、
それでも前に進もうとすることだけは避けてくれた。

 猿たちはずらりと整列し、中心の白猿が手にした杖を振り上げ、がやがやと騒ぐそれらを沈めると、
人間には通じない猿の言葉で何事か語りはじめる。
 抑揚をつけ、ガラガラとした叫びを白猿が発するたびにその場の雰囲気は異様さを増す。
 長い尾で砂を叩きつけ煙を上げる者有り。隣の猿と騒ぎたてる者有り。
やもすれば暴徒と化しそうな勢いで猿たちはキーキーと声を上げる。
 何かの祭り的な儀式なのかもしれなかったが、子どもたちが知る由はない。

 「行こう。今は関わらない方がいい。こういうにを見られるのは多分好まないだろう・・。」
 「うん・・・」
 「そう、だな・・・」
 リューンが言うのに、今度はさすがに賛同してミミウもファジーも頷き、ラインは安堵の息を吐いた。
 ほとんど黙っていたアリアもミミウに手を引かれると、来たときとは違い本人も急ぐ気配を見せた。



 ところが、引き返してすぐに別の盗人猿が、おそらくは見張りだったのだろうが、一行の前に立ちふさがった。
 行動を起こされる前にリューンが始末し、そいつら事自体に問題はなかったが、
急にあたりにキーキーという声が響き渡り、地響きのように今来た方から音が迫ってきた。
 判別もつかないほど多くの猿たちの声がともにする。

 「走れッ!!!」

 誰かはわからなかったが、その声で走り出す。
 前方に迫る猿はファジーとミミウが蹴散らし、
最後尾を走るリューンとその少し前を行くアリアが迫ってくる足の早い猿たちを足止めする。

 木が乱雑するため足場が悪く、何度も木を避けるためにスピードも出ない。
 対して猿たちはある者は木の上を優々と一行を追い、地面を走るものも地の利があるのか比較にならない追い足となる。
 ようやく開けたビーチに出た頃にはすっかり辺りを囲まれていた。

 「笑えない量だな・・・。」
 お得意の杖を回しながら、リューンは冷や汗が流れるのを感じた。
 背を任せた状態の仲間たちはラインを除き、すでに疲れきっていた。
 前方に道を切り開くくらいできるだろう、と提案しようとしたその前に、ずんと体の芯にまで届く音がした。

 猿たちが身を引いて大きな道が作られ、その向こうからゆっくりゆっくりと白い猿が迫ってくる。

 「避けろッ!!」
 つい、と揚げられた杖が一瞬光ったのを見逃さずリューンは一番傍にいたアリアと連鎖的にラインを突き飛ばす。
 その足元付近に魔法の風が起こり、小さく呻き声をあげてリューンが倒れこむ。

 「リューン!!」
 咄嗟に駆け寄ってラインが様子を窺ってくるのを制してリューンは自らの魔法で足の怪我を治す。
 「・・また来るッ!」
 今度はアリアの声で、ラインはリューンを引きずってその場を離れた。
 かろうじて避けきり、白い猿を見据える。
 猿の道は終わりを告げ、目と鼻の先まで迫ってきている上に、盗人猿もじりじりと寄ってくる。
 ことさらに近づいた3匹のうち2匹をファジーが、1匹をミミウが追い払う。

 「もう戦うしかないよね!」
 「おう!」
 ぶんぶん、と腕を振り回してミミウとファジーはやる気だけはあるが、
先ほども随分活躍してくれていただけに体力がそう残っているとは思えなかった。
 「アリア、あっち2人の援護を。オレとラインがあの白猿をどうにか足止めするからその間に突破口を開いてくれ。」
 え、オレがそっちでいいの?などとラインが思っている間にもリューンは寄ってきた猿を杖で殴りつける。

 潰れたキーキーと言う声が聞こえ、ファジーとミミウの掛け声を背に白い大猿と向かい合う。
 「言っとくが、庇えないからな。さっきはその場のノリと格好よさを求めてついやってみたが。」
 「オレも、盾にはならないから・・。てか、なれないから、押し出そうとするのはやめて欲しいんですけど。」
 「気にするなって。」
 「気にするわッ!!」
 思いっきり叫んでラインは突っ込みの一つも入れてやろうとするが、それはリューンに見事に避けられてしまった。

 ついでに杖で突き飛ばされたかと思ったら先ほど2度襲ってきた風が今までいた場所に巻き起こる。
 「ワンパターンな猿が・・ッ!」
 悪態をつきながら、リューンが詠唱を完了し、マジックアローが飛ぶが、
巨体に傷一つ突くことはなく、大猿はびくともしない。
 そうとはいえ、煙を上げた自らの体毛を見て大猿は一声あげると
周りの盗人猿を蹴飛ばしながらリューンに迫ると、杖を振り上げる。
 かろうじて自身の杖で受けたリューンだったが、止めることもいなすことも出来ず、振り払われるままに地面に突っ伏す。
 追い討ちをかけようとする大猿にラインは師直伝のAAを発するが、
それもまた相手に傷を与えるには至らず、ただ注意を逸らすことには成功した。

 肩を押さえながらも立ち上がったリューンは回りに集まっていた猿をまた追い払ってから、ファジーたちに目を向けるが、
無尽蔵かと思われる猿の数に、ちてにどうにかなりそうにはとても見えない。
 白猿本人が暴れたことで蹴散らされた猿たちもいるが、いかんせん元の量が量だった。
 逃げ切れる状態にするには時間がかかる。そして、その間は白猿を止めなくてはならない。

 ラインが再びAAで白猿に殴りかかるのを見ながら、
なるべく魔力を込めてマジックアローを形成すると猿が杖を持つ手に狙いを定める。
 「マジックアローッ!」
 鋭い音をたてて魔法の矢が風を切り猿の生身の手首を焦がす。
 思わず杖は取り落とされ、ラインがその杖を遠くに蹴り飛ばす。
 内心ガッツポーズを決めながら間合いを取る頃には、猿たちがざわつきはじめる。
 「リューン、やるー!」
 気付いたミミウから歓声があがった。
 ラインもなー、というファジーの心遣いもあった。
 アリアが油断した2人に迫っていた猿をマジックリングで追い払う。

 だが、終わりではなかった。
 激情した白猿は太い両腕を振り回し、さらに味方への被害も拡大させながら狙いもつけずに暴れまわる。
 そこにもはや威厳はないが、危険性が増したことは確かで、逃げ惑う猿たちにこれ幸いと逃げる方向へと走り出す。
 どしどしと重い足音が追ってくる。


 「案外速・・ッ」
 ラインが振り返ると、最初より明らかに距離は縮まっていて、
 「わ・・っ?!!!」
 隣から声が聞こえたと思ったらひょこひょこと視界に移っていた桃色の髪が消える。
 傍を走っていただけだった盗人猿が倒れたアリアの周りからリューンに追われ離れるところで、何が起こったかはわかった。

 「「アリア!!」」
 素早くファジーとミミウが踵を返し助け起こそうとするが、
ひねってしまったのか自力で立つことができず、ファジーが背負い走り出そうとする。
 だが、今少し遅く、間近に迫った白猿の拳が襲い掛かった。
 せめてアリアを庇おうという体勢に入ったファジーが弾き飛ばされ、受身も取れずに低く呻き声をあげる。
 庇われたためにそれほどではないが、アリアも傍の砂地に投げ出された。
 その場でミミウとラインは白猿に向かい合うが、敵う相手か否かを判断できないわけではない。
 一番いい手は逃げること。
 しかし、投げ出されたことで意識を失っているらしいファジーとアリアの2人を伴うだけにそれも叶わない。
 少し離れてしまっていたリューンの援護も間に合わない。
 そして、やはり、相手を倒せる見込みがない。

 今一撃をあたえしめんとする大猿に、それでも、ミミウとラインは覚悟を決めると懐にもぐりこみ拳とナイフを突き立てる。
 それは厚い体毛にまったく意味をなさず、愕然としながら2人は当然来るだろう衝撃に目を硬く瞑った。


 だが、予想に反して一切衝撃はなく、ただ鈍い音が聞こえた。

 それは砂地をすべるような音の後、さらに何かにぶつかる音を伴い、
恐る恐る目を開けた2人の目の前には大猿の姿はなく、代わりに拳を突き出した体勢のままのシンラの姿があった。

 「マスター!」「シンラ(さん)!」

 子どもたち3人の一斉の呼び声に振り返り、シンラが笑みを漏らす。
 いつもの呆けた表情よりも、本当に少しだけ真面目な空気をたたえて。
 気付けば、盗人猿の姿はもうそこにはなく、やや遠くで大猿が気を失って倒れていた。



 「大丈夫、だったか?」
 月並みな言葉で問えば、ミミウとラインはこくこくと頷き、
緊張が解けたのかそのまま突進してきた2人にシンラは抱きつかれて、
恐かっただとかなんだとか涙声の2人の頭を撫でてやりながら、大猿を見やれば、
しばらく起き上がってくる気配はなさそうだったし、殺すことは許されていないので、これ以上はどうしようもない。

 「大丈夫だ。もう、襲ってこないからな。」
 ぽんぽん、と頭を叩いて離れるように促すが、完全に子ども化した2人はさらに纏わりついてきて、
それはそれでなんだかいいものだな、などとのほほんと思ってしまう自分にシンラは苦笑する。
 今回はリューンも例外ではなく、その場に脱力していていたが、
シンラに泣きついたままの2人よりも先に復活すると、ファジーを引きずってシンラの傍、アリアの隣まで連れてきた。
 そのころには、アリアは気持ちよさそうな寝息をたて、すっかり夢の中。
 「無用心な・・・。」
 ぼやきながらもリューンはその傷を治療する。
 奇跡的に擦り傷のみのファジーももう少ししたら目覚めそうだった。


 盗人猿が自分たちのボスをこそこそと運んでいく。
 ようやく落ち着いたミミウとラインはアリアの横に疲れたと騒ぎながら身体を投げ出し、
まだ眠りの中のファジーも揃っての姿はうちあげられた漂流者を思い起こさせ、苦笑して。
 それから、自分がはじめて大猿と戦った日のことを思い出す。

 あの頃の仲間と、サーフィンする猿に思わず突っ込んでしまいそのまま戦闘に入ってしまった、
笑えるような笑えないようなそんな思い出。
 今目の前に広がりだした夕日と同じように、その日も海は見事な色に染められていた。
 全員今のリューンより強かったとは言え、夕日を見ながら疲れたと騒ぎながら浜辺に寝転がって、
そのまま眠ってしまった自分は気付けば顔にラクガキをされていて・・・。


 そこまでであえて思考を打ち切って、シンラは大きく伸びをした。


 「さて、そろそろ帰ろうか。」

 微笑んで子どもたちを振り返る。

 「ああ、そうだな。腹も減ったし。」

 リューンが2つ返事で答えを返した。











































 「ところで、こいつらどうするんだ?」
 「へ?」

 言ってリューンが指差したのを見れば、ミミウとラインまで気持ちよさそうな寝息を立てている。

 百歩譲って2人までなら運べると思っていたが、それ以上は・・・

 「運ぶのは手伝わないからな。」
 「え・・・」
 「運ぶのは手伝わないからな。」
 助けを求めてリューンを見ても、冷淡に言葉を繰り返される。

 運ぶのは無理。
 多分、どんなに頼んでも手伝ってくれないのも百も承知。
 かと言って起こすのは可哀相なのと、怖いのと。
 何せこの間リビングで眠るファジーとミミウに部屋に行くように言いつけようとして起こしたらアッパーカットをくらったところ。

 「あ・・、あのさ、リューン・・」
 「先行くからな。」
 「え・・ちょ・・・っ」
 「遅くなってもいいが、夕飯までには帰って来いよ。」
 腹黒い笑いの一つでも浮かべてくれていた方がまだいいと思えるほどいつも通りの無表情で、
疲れただとかなんだとか口走りながらリューンは行ってしまう。
 無理だと言ってもおよそ無駄。


 夕日の砂浜。キラキラと輝くそこに1人狸の叫び。


 この後、左頬に見事な腫れ物をつくって愛すべきペンギンたちに囲まれ涙しながら、
羊少女を背負って歩く姿があったらしい。

end


後書き:
 長かった・・・。









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