【カルバイガルで会いましょう】


 沼といってもそこにはそんなに陰鬱な空気は漂っていない。
 ただ、少し湿りっぽく、空気が停滞しているということはあるけれど、
そこに生きる人々は変わらずに活気に溢れている。


 久しぶりに訪れたカルバイガルの町でシンラはその様子に思わず笑みを漏らした。
 昔はモンスターと戦うことばかりに追われていて、
この光景の一部となった自分がいたのかと思うと感慨深くもあった。

 今日は別に何かしなければならないということがあるわけでもないので、
シンラはぶらりと歩いてからその歩を喫茶店に向けた。
 そこの兄妹には昔無茶をして世話になって、それからしばらく喫茶店にも入り浸っていたし、
持参でペンギン柄のカップも置いてもらっていた。
 それがまだ残っているかどうかは知らないが、せっかくだから挨拶ぐらいしようと思ったのだ。



 ちょうど午後のティータイムとしけこむ時間のためもあろうか、
あるいはもともとの人気のためかもしれなかったが喫茶店には人だかりが出来ていた。

 「人だかり?」
 自分の心の中で考えた内容を反復してシンラはもう一度よく見た。
 確かに、人だかりだ。行列でなく人だかりだ。
 「(なんでだ・・・?)」
 疑問符を浮かべながらも背伸びして人だかりをつくっている女性たちの間から見れば、
 その熱い視線の先で1人の青年がテラスにあるテーブルについて、
小さな少女とお茶をしている。
 その青年が期せずして顔を上げ振り返ってきて、奇跡的にシンラと視線が合致して、
青年は目をやや見開いて、それからにっこりと微笑んだ。

 「お久しぶりですね。シンラさん。
  よろしかったら一緒にお茶でもどうです?」
 青年――――神官タウ―――はそう言った。


 その隣にいた少女と取り囲んでいた女性の視線が一気にシンラに集められ、
たじろいで、とりあえず頷くと冷や汗を流しながらもタウたちのいるテーブルに近づいた。
 視線が纏わりつくのがありありとわかったため、恐ろしくて振り返ることは出来なかった。


 シンラがテーブルに辿りついたのとほぼ同時に
兄の声に反応したのか店の中から妹のサラが現れて、
シンラを確認すると兄と同じようにやや目を見開いてからペコリと頭を下げた。
 「えっと・・」
 「ご注文は何にしまましょうか?」
 何と言うでもなく、サラもまたにこりと笑うと注文表を出した。
 一応本当に席が空くのを待っている人々もいるのにいいのだろうかなどと思いもしたが、
厚意に甘えてストレスに効くというお茶を注文してシンラはようやく椅子につくことができた。



 いつの間にか女性たちの興味は再びタウに移っていて、
ただ1人、シンラが来る前からがっちりとタウの迎えの席をキープしていた少女だけが
じぃっとシンラを見ていた。
 最近、リューンやアリアもいるし、子どもには慣れてきたつもりだけれど、
食い入るようにという形容がぴったりに見つめられればシンラだって閉口する。

 「タウ様。この人誰ですか?」
 まったくシンラから注意を外さずに少女はタウにたずねた。
 タウはといえば、出会ったときから変わらない穏やかな、いっそ呆けたような空気を纏って、
テーブルに置かれた花瓶に刺さった一厘の花を見つめていたのだが、
少女の言葉にゆっくりと意識を引きもどし、少し考えてから口を開いた。
 「昔このあたりで活動されていた方でシンラさんだよ、チャガン。
  あ、シンラさん。こちらはチャガン。」
 「はじめまして。」
 笑みをつくってシンラがあいさつすれば、少女、チャガンもはじめましてと返してきた。
 知らない人に少し臆したような姿が歳相応なのにシンラはほほえましさを感じた。


 まもなく、店の中にもどっていったサラがもどってきて、
盆に載せたカップをシンラのところまで運んできた。
 何気なく置かれたそのカップを見れば、白地にペンギンと氷の絵が描かれた、
見紛うことなく、かつてシンラが使っていたものだった。
 「あ・・・。」
 「シンラさんがいらっしゃったときのために残しておいたんですよ。」
 にこにこと、何のことないようにサラが言って、タウも同意するように頷いた。
 それに、ああ、残っていたのかとどこか照れくさいような嬉しさに見舞われて、
シンラは顔をほころばせた。


 サラはまだ仕事があるからとすぐにもどっていってしまって、
シンラがお茶の美味しさを噛み締めながらカップを傾けるのを、
チャガンが横で物言いたげにカップばかり見つめていたので欲しいのかとたずねれば、
違います!と綺麗に返された。
 ちょっとショックを受けながらも、口から離してもう一度それをしみじみと眺めて、
シンラはペンギンのカップが残っていたことと、兄妹の心遣いの2つのことに心打たれた。
 その隣ではタウが今度探しに行こうか、とチャガンに話しかけて、
チャガンが複雑な表情をしていた。








 「そういえば、家族でも出来たんですか?」
 「え?」
 突然の言葉をタウが発したのは夕暮れが辺りを染める頃。
 帰路に着くシンラを町の外れまでとタウがついてきてのときだった。
 「なんだか、昔よりも穏やかな顔をされていたから。」
 「家庭持ちって年齢かな・・・オレ。」
 「そうは見えませんけどね。」
 タウは軽く笑いを漏らした。


 夕陽はそろそろと森の向こうに消えようと、急速に闇が迫ってきていた。
 町の外れに差し掛かったところで2人は足を止めた。
 「実は、最近ギルドをつくってね。
  ちょっと手を焼くけど、一緒に暮らしてるのがいるんだ。」
 「なるほど・・・。」
 「昔はこんな風になるって思ってなかったけど、いいもんだな・・・。」

 言ってから、照れくさくなってシンラは天を仰いだ。


 「今度は、皆さんでいらしてくださいね。」

 タウがそう言ったそれを最後に、シンラは別れの挨拶を述べると帰路に着いたのだった。

end


<後書き>
 あれ・・・、シンラ君の子ども自慢を書きたかったんじゃなかったっけ・・・?












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